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サマリタンズホームページより/第7号

 

2014年12月13日発行

■通話への対処

解題:サマリタンズは、イギリス国内のいくつもの大学と提携してさまざまなテーマに関する研究を行い、その成果をホームページにアップしている。今回訳出したのは、ノッティンガム大学が行った「サマリタンズが行う電話およびEメールによる情緒的援助サービスの評価」と題した2010年の研究報告書の一部である。その要旨はニュースレター第4号でも紹介したことがあるが、今回はその報告書のうち、「通話の扱い」と題した第6章からの抜粋である。

はじめに
 この章でわれわれは、電話に出る際にボランティアが行う実践のさまざまな側面について探求しているが、参考にしたのは、ボランティア(ときには掛け手)に対して行われたインタビューから得られたデータである。電話に対処する際のさまざまな側面がここでは論じられ、また掛け手との適切な関係を築くさまざまなやり方も論じられる。電話を受ける際にボランティアが採用しているやり方が、公式に示されているサマリタンズの目的と原則

(訳注1)

に照らして検討される。

 サマリタンズが提供する精神的なサポートは、無条件であること(それは普通では体験できないことかもしれない)と、かなり具体的な実施要領に従って行われている点に特徴があると言われている。ボランティアの役割は、掛け手のために「そこに居て」、掛け手が話したいことを、個人的な基準に基づいて判断することなくnon-judgementally

(訳注2)

、また指示的な態度をとることもなくnon-directively「聴く」ことである。

その際にとりわけ焦点を当てる必要があるのは「感情」と情緒的な絶望感、とりわけ自殺したいという思いと意図を探ることである。サマリタンズが精神的なサポートを提供することで、掛け手は悩みを吐き出す機会を得ることができる。これはそれ自体で治療的な役割を果たすことができるだけでなく、問題についてよく考え検討する時間をもつことで、現在の困難を(たとえ解決しないにしても)将来どのように扱うことができるかについて見抜く力を育てるのである。

その目的は、助言することでも、指示を与えることでもなく、(「共感empathy」と対立するものとしての)同情sympathyすることですらない。「同情」が、(「かわいそうに」のように)恩着せがましいものであるのに対して、「共感」は、相手のものの見方を理解し認めることができるからだ。

 ボランティアはその権限において、掛け手に「付き添うaccompanying」ことと「仲間になるjoining」こととの境界を、通話の中で維持しなければならない。掛け手の感情やものの見方についての知識や経験をボランティアがいかなる時でも持てると思うのは間違いだ。たとえ掛け手とボランティアの双方が、見たところ同じような経験をしてきたとしてもそうである。ボランティアは決して、「これはあの話だ」と決めてかかってはならないし、通話において、「自分はよくわかっている」と言い張ってもいけない。これもまた、なぜボランティアが、自分についての質問に答えたり、個人情報を開示してはならないかの有力な理由である。自己開示におけるこの非対称性のおかげで、掛け手とボランティアの間の必要で望ましい境界が維持されるのだ。

それはまた、ボランティアを守る手段でもある。なぜならそうすることで、掛け手に対するボランティアの役割と責任が限定され、また、通話の中で感情的に巻き込まれたり、「問題解決」アプローチや「救出」アプローチを採用したくなる誘惑に駆られる可能性を引き下げるからだ。長時間通話が危険なのはこのためであり、まただからこそ長時間通話は、(いのちの電話という)資源の不適切な使用と見られがちなのだ。進行役facilitatorとしてのボランティアの役割は、掛け手が会話の主導権を握る機会を提供することにある。そうすることで会話は、掛け手のニーズによく合ったものとなる(ただしそれは、その話の内容がサマリタンズのサービスの性質に合っている場合のことだが)。

このように、個人的な基準に基づいて判断することなく積極的に傾聴することで、掛け手は自分自身に対して責任をとる極めて重要な機会を得るのである。そうした電話によって掛け手は前に進むことができるようになるのだ。ボランティアの役割は、掛け手を支え、「安全な空間」を提供することにある。

その「安全な空間」の中で掛け手は、特に気になっている問題についての自分の気持ちに焦点を当て、それを前に進める上で自分が利用できる選択肢について考えることができるようになる。ボランティアがなすべきは、電話の「その瞬間」を掛け手と共に居ることであり、それを超えることではない。ボランティアは、サマリタンズの原則に従うことに無条件で同意してはいるが、それをどのように解釈し適用するかについてはかなりのバリエーションがある。

通話を始める
 掛け手は通話をいつでも、不意に予告なく終えることができるとは言え、電話に出る際にボランティアが発する最初の応答が、その通話がうまくいくかどうかにとって決定的に重要だと認識されている。ボランティアにとって、自分が信頼に足る好ましい援助者であることを掛け手に伝える時間は数秒しかないかもしれない。サマリタンズにかかってくる電話のおよそ半数は「プツッと切れる」電話であり、掛け手は数秒のうちに、つまり対話が成立する前に電話を切る。

これは訳のわからない、苛立たしい現象である。ボランティアは、こうした振る舞いにはさまざまな要因があると考えている。たとえば、前につながったことがある特定のボランティアとつながることを期待して(あるいはそのボランティアに当たることを避けるために)、男性が出るのか女性が出るのかを探ることもその一つであろう。

あるいはまた、サマリタンズのサービスを試しに使ってみたり、電話がつながったときに何が起こるかを探ってみたり、もしかしたら単にボランティアとの対話を始める上で必要となる勇気を奮い起こすための努力をしているのかもしれない。このような推定は、問題となっている掛け手のデータのうちの比較的少ない部分には当てはまるものの、この現象を十分に、あるいは納得のいく仕方で説明できるとは思えない。

本来ボランティアは、どの電話に対しても、それが誠実な、時間をかける価値のある、そしておそらくは自殺を考えている人からの電話だという予測の下に電話に出る用意をしていなければならない。しかし、頻繁にかかってくる「プツッと切れる」電話、性の話をしたがる掛け手からの電話、そして掛け手によって話の内容がはなはだしく異なっていることのせいで、そうすることに困難が生じている。

回答者の述べるところでは、次にかかってくる電話が「まじめな」あるいは「時間をかける価値のある」電話だということがわかったとしても(それは比較まれなことなのだが)、そうした電話に対して意識して常に準備していることは、とりわけ次々にかかってくる「プツッと切れる」電話や迷惑電話、あるいはくだらない電話に対処した後では、困難を感じるという。

最初に電話に出るときには、できるだけ先入観を持たないようにしています。疑問を持つことの利点を、他の人にも是非知って欲しいんです。相手を類型化するのは簡単じゃないですか。「ああ、これはこれこれの話だ」とか、「これは精神衛生上の問題を抱えた人からの電話だ」とか、「これは性の話になりそうだな」というように。だから私は、相手が話す時間を十分にとるようにして、私はただ聴くだけにするんです。

研修で習ったように、私はベルが2回鳴るあいだ待つことにしています。それが実際、すごく役に立つんです。そうすれば、読みかけの雑誌や本とか、電話がかかってこない間にやっていたことに区切りがつけられるでしょ。そうすることで、精神集中の時間がちょっと取れるんです。

掛け手が話せるようになるには時間が必要かもしれないので、どの電話に対しても配慮と注意を怠らずに応答することが大切であることを、ボランティアは知っている。通話が沈黙で始まる時、それが意味するのは、電話に出たそのボランティアに話すことができるかどうかの感触を得ようとして掛け手が時間をとっているということかもしれないので、そういう場合には穏やかで感じのよい口調が必要とされる。

電話のベルが何回か鳴るまで待つことで、掛け手は電話がつながることに対して心の準備をする時間を得ることができる。そうすることでボランティアも、通話の早い段階から、掛け手を優しく会話に誘い込むことができるようになるのだ。通話が始まるときに掛け手に空間と時間の余地を残すことは、通話の口火を切る上で大切な要素だと考えられている。というのは、掛け手にとって話し始めることは、とりわけサマリタンズに初めて電話をかけた場合には、とても難しいことだからだ。

とは言え、受話器を取り上げるというのはとても怖いことですよ。だからこうした電話をかけるときには探りを入れて、電話口に出ているのが機械ではなく(あり得ることですからね)、人が出ているかどうかを確かめているんだと思いますよ。なんて言うかな、彼らはいわば勇気を奮い起こしているんですよ。

だって話し始めるのって本当に恐ろしいことじゃないですか。研修を受けているとき、「はい、サマリタンズです」と言ってから、ちょっと間を置いて、それから「どうなさいましたか?」と言うように教わったんです。その理由は、こちらが落ち着いて、思いやりを持ってゆっくり言えば、あなたに対して話すかどうかを決める時間を、掛け手は持てるからです。

時には、沈黙だけで何も聞こえないとか、変な音しか聞こえない電話がかかってくることもあります。でもそれが迷惑電話だとは私は決して考えないんです。というのは、私に言わせれば、それはその人が勇気を奮い起こして、サマリタンズの番号にかけたときに何が起こるのかを観察している可能性があるからです。

  通話の最初の数秒によっても、ボランティアはとても多くのこと知ることができる。そこでわかるのは、始まっている通話のタイプ、つまり、どうしたらよいかを掛け手はわかっているのかとか、サマリタンズのシステムを掛け手は知っているかとか、少なくとも、その掛け手が以前にもかけてきたことがあるかどうかはわかる(どこの支部につながったを尋ねるとか、特定のボランティアが当番に入っているかを尋ねるとか、そうした行動によって)。

これによってボランティアは、会話がどのように進むか(たとえば、どうしたらよいかを考える会話になるかどうか)とか、何が期待できるかを知ることができる。

  最初から、掛け手はとても役に立つヒントを示してくれます。どの支部かを尋ねたとすれば、そのことから、その人は以前にもかけたことがあり、サマリタンズのシステムを知っているということがわかります。そういう場合、どうしたらよいかを掛け手はわかっているのかもしれないし、消極的な目的か積極的な目的かはともかく、サマリタンズを利用したことはあり、いずれにせよシステムは知ってるってことです。

掛け手との関係を築く
 掛け手との関係やつながりは、通話の全般にわたって管理し観察すべきものであると、ボランティアは考えている。共感することと感情的に距離をとることとの間で適切なバランスを維持することは、掛け手との関わりを効果的に築く上で極めて重要なことだと考えられている。

だがそれを実現するのが難しいときもある。それはまた、それぞれ個性を持ったボランティアたちの応答スタイルのなかでさまざまに解釈され適用されることによっても変動する。掛け手に対して感情的に近づきすぎることは、双方にとって有益ではないと考えられている一方で、効果的に「友人として力を貸すbefriending」ためには、共感empathyと親和的関係rapportを確立することがどうしても必要である。

回答者の中には、掛け手との間で感情的な距離をとる立場を支持する者もいる。他方では、人間に本来備わっている感情的な関わりを、親和的関係と共感を確立する上で必要なものとして強調する者もいる。電話によっては、難しいテーマや通話における難しい要素が現れることで、掛け手との間の適度の結びつきが達成できなかったり、失われたりすることがある。

 ひどいと思われるかもしれませんが、掛け手と感情的に関わることは私はしないんです。私はそのレベルの距離を、掛け手との間で保ちます。

 ほとんど超然としています。でもそれはまさに一種の「巻き込まれた超然」、「関わりを持った超然」なんです。

 冷静さと落ち着きを保ち、聴いている内容に思いやりを持ち、ある程度の共感は持ちつつも、でも相手の混乱やトラウマや自暴自棄に巻き込まれない。相手と一緒にそこに居て‥‥穏やかに、でもまったく揺らぐことなく‥‥それが相手に「すがりつくもの」を提供し、でも相手といっしょに崩れたりはしない、それが基本です。

 掛け手の中には、他の人ほどには親和的な関係rapportを育てようとしない人もいるという事実を受け入れざるを得ません。うまく行きそうになることもあるんですが、難しい質問をしたりすると、掛け手との間でつくってきた親和的な関係がほとんど台無しになったりするんです。

出典:Home>About us>Our research>Independent research projects>Completed research projects> Research report:Evaluation of Samaritans Emotional Support Services



(訳注1)
ここで述べられている「原則」とは、以下の「7つの原則」のことだと思われる。

1、サマリタンズの主な目的は、個人的な危機のただ中にあり、差し迫った自殺の危険にさらされている人々に対して力になれるように、昼夜を問わずいつでも待機していることである。

2、サマリタンズはまた、自分を理解し受け入れてくれるような頼れる人が誰もいないと感じている人々の話を聞き、その人の味方になることで、人間的な苦悩、孤独、絶望、抑うつを軽減しようと努める。

3、掛け手は、自己決定を行う自由(そこには自殺するという決定も含まれる)を失うことはない。またいつでも電話を切ることができる。

4、掛け手が話した内容はもちろんのこと、その人がサマリタンズに助けを求めたという事実も、そうした情報の全部または一部をサマリタンズの外の人に知らせてもよいと掛け手が自由意志で許可した場合を除き、サマリタンズの外部に漏れることは決してない。責任者にも話さないで欲しいと言われたとしても、ボランティアはそれを秘密にすることを請け合ってはならない。

5、掛け手に対応している最中のボランティアが、専門知識を持つ相談相手を必要とした場合は、助言することのできる経験豊富なリーダーが指導し、積極的にサポートする。

6、場合によっては掛け手は、医療や社会福祉といった分野での専門家による援助や、他の機関からの物質的な援助を求めることを考慮するように促されることもある。

7、サマリタンズのボランティアは、自己の信念を押しつけたり、政治、哲学、宗教に関して掛け手に影響を及ぼすことを禁じられている。

(訳注2)
このnon-judgementallyという単語は訳しにくい言葉なのだが、『ジーニアス英和大辞典』はnonjudgmentalの訳語として「(特に道徳問題で)個人的基準に基づいた判断を避ける、偏っていない、客観的な」を挙げている。

またアメリカ心理学学会が編纂した『APA心理学大辞典』(培風館)はnonjudgmental approachの意味として、「心理療法において、治療者の役割として中立的で無批判的態度を示すこと。これはクライエントに自身の考えや気持ちを自由に表出するように働きかける目的でなされる。」と説明している。

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