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サマリタンズホームページより/第11号

 

2015年12月27日発行

■電話の終わらせ方

解題:今回紹介するのは、ノッティンガム大学による研究報告書から、「電話の終わらせ方」に関する部分である。サマリタンズの研修では、通話は45分以内に終わらせることを推奨しているようで、以下の記事には、通話を終わらせるためのいくつかのやり方が紹介されている。ついつい長電話になりがちな私たちにとっても、大いに参考になる内容ではないだろうか。


 サマリタンズのサービスは、建前としては掛け手の要求に応えることを第一として提供することになっているが、実際には通話の長さと回数には上限がある。通話を続けることと終わらせることは、ボランティアにとって積極的に対処することを求められることの多い、もう一つの分野だ。

長時間の通話は持てる力(resources)の不適切な、そして効率の悪い利用とさえみなされることがある。理屈の上では、また理想を言えば、通話を終わらせる上で主導権を握ることになるのは掛け手であり、また多くの場合そうなっている。しかし、通話を締めくくって終結に導くプロセスをサマリタンズの側から始めることも、しばしば見られることだ。

これは、電話が長くなると新しい話題も適切な話題も出なくなり、掛け手が堂々巡りを始める、ということによるのかもしれない。あるいはまた、その電話がどこか悪意を持った電話だったり、不穏当な電話であることが(時にはかなりの時間が経ってから)明らかになるかもしれない。

 いえいえ、違います。というか、だいたいの場合、こちらから電話を終わりにしています。(訳注1)

 えーと、少なくとも私に関して言えばですね、かなり長電話になりがちなんです。つまりその、研修の中で言われたのは、電話は普通は45分以上は続けるものではない。というのは、それを超えると堂々巡りし始めるからだというんです。私はとても有益な会話をしたことがあるんですが、その時は1時間半とか、もしかしたら2時間も話したんです。

でも堂々巡りした感じはなかったんです。でも一般的に言って、スーパーバイザーは、私が1時間以上電話するのをよく思わない傾向があると思うんです。だからある時点に来たら、「ところで、えーと、もう1時間以上お話してきたので、電話を締めくくる時かもしれません」とか、「もうずいぶん時間がたちました」みたいなことを、優しく言うようにしているんです。えー、だから本当に難しいってわかったんです。本当に本当に難しい・・・。

 私の方から電話を終わらせていかないと、当然その場合は…ご存じのとおり、普通は1時間は続けることになります。掛け手が依然として堂々巡りしていて、新しい話が何も出てこなかったり、あるいは相手が常習の掛け手だったりして、これ以上電話を続けても相手の援助にならないと考えた場合は、話したいと思ったときにはまた掛け直すように、それとなくほのめかすんです。

 ボランティアたちは電話を切り上げるための様々な方法を用いている。たとえば、「今日、サマリタンズとお話をしたことがあなたのお役に立ちましたか?」と尋ねるとか、掛け手に今必要なのは眠る時間(あるいは、話を振り返る時間)であることをほのめかしたり、時には、「もうだいぶ長く話してきましたね」と遠慮なく言ったり、話に繰り返しが多くなって堂々巡りしていることに注意を促す、などがその例だ。

話が続くのをごく普通に終わらせるやり方の一つに、掛け手はいつでも(私たちを必要とするときには)また電話できること、そして電話を受けるために常に誰かが待機していることを請け合うという方法がある。時にはボランティアは、電話を終えるためにとても強くて指示的な――ことによると、素っ気ないとかぞんざいな(curt and perfunctory)と言ってよいほどの――アプローチをとることもある。これが最もはっきりと現れるのが、悪意の、あるいは性の電話であることにボランティアが気づいたときである。その場合にはボランティアは直ちに電話を終わりにしてもよい。

まさしく文字通りに受話器をガチャンと置いてよいのだ(The phone might be slammed down)――場合によっては、その電話が不適切であるという通り一遍の説諭と共に――。しかしながら、上で見たように、侮辱的な掛け手や性の電話の掛け手であったとしても、本物の窮地や苦悩に見舞われた場合には、いつでもまたサマリタンズに電話できるという保証も与えられる。ただしそうした掛け手は当然の結果として、再び電話してもよいかどうかについて相反する要素の入り交じったメッセージを与えられる。

 急いで電話を終わらせるもう一つのケースとして、ケア・プラン(訳注2)を適用されている掛け手がある。それはボランティアが、その掛け手が局地的もしくは全国的なケア・プランに登録されており、一切話をすべきでない掛け手だと判断した場合か、時にはその掛け手が、電話する回数や通話の長さを決められている場合である。

この場合もボランティアは、電話をすぐに終わらせてよいのであるが、その際には掛け手に対して、割り当て時間が定められていることを思い出させ、電話を切るつもりであることを伝えるのである。

掛け手の回答(訳注3)の中で、電話の終わらせ方を問題にした人は比較的まれであった。通話の長さと終わらせ方の主導権は自分が握っており、必要なだけの時間は確保できていると感じている回答者もいる。また、通話を終わらせる上での、ボランティアのイニシアティブを受け入れている回答者もいる。その人たちは、電話を終える上で助けが必要であることを認めているのだが、その理由として彼らが挙げるのは、マンネリ化してしまっているとか、極めて特殊で独特な社会的交流を終結へと導く自信も技能もたぶん欠けているとかいうものである。また回答者の中には、曖昧だったり限定された権利意識について述べる人や、サービスやボランティアの時間に対して筋の通らない要求はしたくないという願いについて述べる人もいた。

出典:Home> About us> Our research> Independent re-search projects> Completed research projects> Re-search report:Evaluation of Samaritans Emotion-al Support Services



(訳注1・3)この調査報告書を作成するに当たって研究班は、1357人の掛け手に対しインタビューを行うと共に、66人のボランティアに対しても対面または電話による個別面接を行っている。ここに引用されているのは、オンライン上または対面によるそのインタビューに対する回答の一部である。また訳注3の「回答」というのも、そのインタビューに対する回答のことである。

(訳注2)ケア・プラン(care plan)とは、頻回通話者や不当な要求をする掛け手に適用されるもので、一定期間(日または週)に電話できる回数や一回の通話時間を(10分とか20分などと)制限するものである。

これは、掛け手がサマリタンズに依存するようになることを防ぐと共に、困難な電話からボランティアを守り、そうした掛け手をどう扱うべきかについて個々のボランティアが判断しなくてはならなくなることを防ぐためのものでもある。ケア・プランは原則として、サマリタンズのケア・チームが掛け手と協議しながら作成することになっている。

■窮地に陥っている人

解題:英国の自殺者は年間約6,000人で、その4分の3は男性です。サマリタンズはあらゆる男性に思いを語ってもらう「窮地に陥っている人―2010キャンペーン」を展開しています。ここで取り上げるのは、このキャンペーンに賛同した男性のうち3人の方の抱いてきた思いです。賛同した男性は、自分の問題について語る男は「弱い」と見られる風潮が背景にあることを率直に認めています。なお、サマリタンズはいのちの電話と比べ圧倒的に電話が繋がりやすい状況があるので、このようなキャンペーンが可能なのでしょう。

デービッド・ホワイトの話


 広告キャンペーンの最初の人は、デービッド・ホワイト43歳、ロンドンに本部を置いたIT請負業者でアマチュアボクサーです。

 エドモントンで成長し、父は電気技師で、母が私たちの面倒を見ました。私は総合中学校に通い、かなり荒れた学校でしたが、楽しい学校生活を送りました。

 私にはこの年の誰でもが持つ心配事があります。私は請負業者なのでいつでも仕事を失う可能性があり、父と母は病気なのです。私の父は5年前にパーキンソン病と診断され、現在81歳です。彼の体調は芳しくなく、努力していますが動作に難があります。診断の2年後に母もその病気と診断されました。現在78歳です。私の家族は現在私が頼りなのです。

 私は典型的な男なので、心配事を人に話しません。父と母は私にとても似ています。彼らは考え方が古く、あらゆる事を心の内に留めます。感情的に影響されるものについて、私の父が語るのを聞いた事がありません。いつでも、「私は大丈夫」という決まり文句の返事が返ってきます。彼の見方は、人の問題に対処して、それはその人の問題と考えることなのです。

 それは、強くて独立しているというイメージを持ち、助けてくれる人は不要という感じの男です。私はいつもそのように振る舞うのを知っていて、自分が管理できていることを装います。私の妻も本当に強い人です。しかし問題は、私がいつもそのように振る舞うので、物事を私にとってさらに難しくしていることなのです。

 人生は時として私を落ち込ませます。父親が現在再入院中なのが大きな心配事になっていて、ストレスが溜まって来ているのを感じています。人は、私が胸の内を隠しておくのが得意に違いないと言います。状況が悪いときに、外見を平静に装えるのを知っています。ボクシングは私を助けてくれ、自分自身について快く感じさせてくれます。しかし、問題について話すことが、さらに良い解決なのです。

 このキャンペーンは素晴らしい発想です。これについて聞いたとき、私の事のように思いました。これまで、辛いときにサマリタンズに電話することは、全く心に浮かびませんでした。今は、心配事について語ることは、ボクシングの防御のように強力であることに気付いています。もし、サマリタンズに電話することを受け入れられるなら、そして、それを少しでも早くできるなら、素晴らしいことです。

 もしこのキャンペーンが、苦しんでいる人が電話をとり、誰かに話すことに繋がれば、それが一人であったとしても価値があります。


ナイジェル・オーウェンズの話

 ポンティベーレンに住むウェールズの国際ラグビー団体の審判、ナイジェル・オーウェンズ、39才、は自殺を図りました。その彼が語りました。

 私はウェールズの田舎にある古風なウェールズの家庭の出身です。ミニド・セリッグと呼ばれている村です。子供の頃、母は家庭の主婦で、父は谷間の地元の石切り場で働いていました。10才の時ラグビーを始め、16才になるまで父といつもラグビーの試合を見に行っていました。審判としての経歴が始まったのは同じ頃です。

 19才になるまで自分が同性愛者であることに気づきませんでした。太り過ぎになり落ち込んで過食症になってしまいました。こうなるのが嫌でした。自尊心が低いのは自分自身に満足していないのが理由と考えていました。

 26才までの20代前半うつ状態はますます高じ、自殺を試みました。それは瞬時に思い立ったものでした。ある夜、午前3時ごろ目を覚まし、恥と孤独の感情を振り払うことが出来ませんでした。両親に書き置きを残し、薬ひと瓶と猟銃を手に、家を出ました。馴染みの場所を探して2、3時間歩きました。最後の景色を見届けるため、子供の頃よく行った山の頂上に行きました。薬を大量に飲んだ後で、昏睡状態になりました。結局は両親が私の書き置きを見つけ警察に電話し、警察は私を探すためヘリコプターを用意しました。

 私は病院で目を覚ましました。両親は泣いていて、全ての友人がそこにいました。「神よ、私は何をやってしまったのでしょう?」が、心をよぎった最初の思いでした。私は自分が誰であるか受け入れる必要がありました。それが一度出来ると事態への対応が出来たのです。

 思い起こせば、頼れる人と頼るべき人達がいました。しかし、恥に感じ決してそのようにしませんでした。地元の男達は事態に対応していて、あなたは男達が問題を抱えていることに気づくことさえない。あなたは思いを語る男を見ないでしょう。子供のように私たちは男達が直面している問題があることさえ気づかないのです。

 抱える問題について語ることは本当に難しいと男は思っています。彼らは事態を背負わねばならないと感じています。もしもあの夜、誰かに話していたなら、自殺を図らなかったかもしれないと思っています。それゆえ、この活動(キャンペーンは)大変重要です。なぜなら、男達に支援をうけることが可能で、それを受けるべきであると気づかせる効用があるからです。

 サマリタンズに相談して下さい。昼夜いつでも、あなたはサマリタンズと話すことができます。ボランティアは、電話、Eメール、および手紙に答えて支援します。あるいは、支所に何度も立ち寄って、顔を合せた話し合いが出来ます。


ウォーレン・アスパイナルの話

 プレミアリーグのフットボールの選手であった、ウォーレン・アスパイナル、43歳、南アムプトン在住、は語りました。

 1960年代の後半に生まれ、父は炭坑で、母は縫製工場で働いていました。子供の時、フットボールを始め、13歳でWigan FCの奨学生になり、17歳で正式契約、20歳でPorthmaouth FCの選手になりました。

 17歳の時、大きな仕事に就きました。私は若く、当時はみんな賭事を楽しんでいました。小額から始めましたが、多く稼ぐようになり、賭ける金額も大きくなっていきました。それは何事よりも退屈さを紛らわせてくれました。そして、お酒もかなり飲むようになっていました。その後、問題は大きくなりました。稼いだ全額をギャンブルに使い、当時は妻に嘘をついてこのことを隠していました。

 33歳の時、くるぶしの手術でMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に感染し、早期にフットボール選手を辞めなければなりませんでした。飲酒とギャンブルの日々は続き、辞めたにも拘わらず、フットボール選手の時の生活スタイルを保とうとしていました。

 2007年の12月、40歳の時、クリスマスと新年の間に自らの命を絶とうとしました。私はカレンという若い美しい女性と出会っていました。2年間一緒に暮らし、彼女がとても好きでした。しかし、仕事を辞めて、ある日、一ヶ月の稼ぎを一度にギャンブルで失いました。私は考えました。「何故、カレンは私を必要とするのだろう。フットボールの成功を示すものは今や何もない。私は百万ポンドを失った。彼女は私にはもったいない。彼女とは一緒に住めない」。

 酔っぱらって誰も私を愛していないと思い込み、鉄道に行き線路の上で列車が来るのを待ちました。列車は警笛を鳴らし、轢かれる直前に私は線路から飛び出しました。私は何をしていたんだろう? 思いつくことが出来たのは、フィアンセのカレン、私の2人の子供、3人のカレンの子供が全てであった。このことをカレンに話すと、彼女は助けを求めなさいと言いました。私はフットボール選手協会に電話し、トニー・アダムスのスポーツクリニックに行きました。

 私は百万ポンドをギャンブルで失い、今はBa-singstokeのセインズバリー流通センターで働いています。持ちこたえられたのはカレンのおかげです。以前は、問題をギャンブルと酒で忘れようとしていました。あらゆることが問題にはならないと思っていたのです。今は、カレンがいて、何か問題があるときは、どうしたのかと聴いてきます。

 男には強くあらねばという文化があって、誰も弱さを見せたがりません。しかし、電話を取り上げて問題を話す必要があるのです。今になってみれば、私は誰かと話ができたのです。誰とでも本当に話ができたのです。

出典:Home> Media centre> Our campaigns> Men on the Ropes



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