広報誌

広報「埼玉いのちの電話」90号[PDF]

サマリタンズのホームページを読む  〜 いのちの電話の原点「サマリタンズ」〜

 日本で1971年10月に始まったいのちの電話を最初に提唱したのは、ドイツ人宣教師ルツ・ヘットカンプさんでし た。既に母国で実践されていた電話相談が、心に傷を負い悩みを抱える人たちと接触する唯一の方法であると気づい て提案したのです。  その源流は、1953年にロンドンでチャド・バラー牧師が始めた「サマリタンズ」(よき隣人)と呼ばれる自殺予防の 電話相談活動にありました。1人の少女の自殺を悲しみ、そのような悲劇を防ぎたい、と電話相談を思いついたと伝 えられています。チャド・バラ―牧師の出発点は、自殺を否定する教会の教義よりも、不条理な自殺への悲しみと怒 りから、そこに至った心の痛みに共感することでした。

 チャド・バラー牧師によると、自殺防止の活動を始めた時多くの相談者が殺到し、待合室で素人のボランティアの 接待を受けて話を聴いてもらっているうちに、抱えている悩みの大半は既に解決していたり、僅かの援助しか必要と しないことに気づいたとのことです。そこから、素人のボランティアの温かいまなざしや「ビー フレンディング」(友達になること)が、危機にある人に対して大きな意味と価値をもっていることを発見しました。殆どの人が本当に求 め必要としているのは、深い関心と心からの共感、優越的ではなく友達としての語りかけ、傾聴であるとの確信に 至ったのです。


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公開講演会  『生きる』 〜挫折を乗り越えて笑いを届ける〜

 

 埼玉会館の小ホールの舞台に、志木市出身のお笑い芸人「ヤセ騎士(ナイト)」さんを迎えて公開講演会を開催しました。年の瀬にもかかわらず、多くのご来場をいただきました。
 ヤセ騎士さんは1967年に志木市に生まれ、高校まで地元の学校に通いました。「小学校の頃から、僕にはなんの夢もなかった。何になりないとか何もなかった。母のために、母を喜れますみました。就職活動でもなんの目標もなく、とりあえず大企業に入ればいいや、そんな感じで就職しました」
会社では業績で全国9位になるほど優秀な営業マンでした。自分に自信を持ち、27歳のとき「自分のやりたいことをやりたい」と初めて思いました。ボーナスで貯めた1千万円を持ち、自分を試したいという気持ちから大阪に単身で行き、人材派遣会社を立ち上げました。

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バックナンバー

■広報89号 人は、人を浴びて人になる
■広報88号 2017年度事業報告にあたって
■広報87号 今、生きているいのち 〜そのかけがえのなさ〜 柳田 邦男
■広報86号 深夜帯開設20年 その節目に
■広報85号 人生を歩く
■広報84号 それでも、生きる意味はある。
■広報83号 子どもたちの現状について 〜問題行動からみえてくる子どもの姿〜
■広報82号 人生の意味に悩み、人生を意味あるものにする
■広報81号 いのちの電話 〜 生きる 言葉 今 〜
■広報80号 いのちの電話 〜 ボランティアに支えられて 〜
■広報79号 埼玉いのちの電話こどもライン15 周年に寄せて、他
■広報78号 川端新理事長を囲んで 理事長と電話ボランティアによる座談会
■広報77号 ひきこもり 生きづらさを抱えている人たち、理事長交代ご挨拶
■広報76号 自死・自殺に向き合う僧侶の会
■広報75号 相談員養成講座(自殺)、生きる支援 J R東日本大宮支社を訪ねて
■広報74号 自分なりに納得した人生を送りたい
■広報73号 精神医学の現状とうつ病について
■広報72号 一人ひとりの生きる力を信じて“左手のピアニスト”智内威雄さんを招いて
■広報71号 一人ひとりの生きる力を信じて「ウィルチェアーのアスリートたち」
■広報70号 一人ひとりの生きる力を信じて「最近の若者たち」「若者の自立サポート」
■広報69号 開局20周年「これからの“いのちの電話”」
■広報68号 開局20周年「感謝の集い」、「発達障害について」
■広報67号 開局20周年「これまでを振り返って」、「東日本大震災から半年」
■広報66号「高齢者の孤独死を防ぐには」 、公開講演会「悲しむ力・喜ぶ力」

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